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盛岡地方裁判所 昭和31年(行)33号 判決 1959年6月30日

原告 及川和志

被告 花泉町教育委員会、花泉町公平委員会

主文

原告の被告らに対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告花泉町教育委員会に対し、同委員会が昭和三一年二月二九日同日付辞令をもつてなした原告に対する免職処分はこれを取消す。被告花泉町公平委員会に対し、同委員会が昭和三一年六月九日付却下通知書をもつてなした原告の不利益処分審査請求を却下する旨の処分はこれを取消す、訴訟費用は被告らの負担とする。との判決を求め、

被告花泉町教育委員会に対する請求の原因として、

原告は昭和二八年一二月一日岩手県西磐井郡日形村教育委員会から同村公立学校教員に任命、同村立日形小学校教諭を命ぜられ、昭和三〇年一月一日日形村が花泉町に合併された後は花泉町公立学校教諭として引続き右小学校に勤務してきたところ、昭和三一年二月二九日被告花泉町教育委員会より同日付辞令をもつて花泉町公立学校教諭を願により免ずる旨の処分を受けた。しかし、右処分は左の理由により違法である。

すなわち、原告は昭和三一年一月一八日頃たまたま花泉町に発生した窃盗事件の被疑者として警察官の無実の嫌疑を蒙りその取調を受けたが、原告が右取調を受けたことが新聞ラジオにより一般に報道されるや、被告花泉町教育委員会教育長滝口千里は原告に対し原告がそのような取調を受けたことを理由に退職願を提出するよう強要した。原告は断じて右窃盗事件の犯人ではなかつたけれども、滝口の強要に抗し得ず、退職願を直ちに提出することを承諾したが、ただその際右退職願の取扱につき、滝口との間に右退職願は直ちにこれに基く免職処分を行うものでなく、将来右被疑事件の捜査結果が判明するのをまち、若し、原告が右窃盗事件につき有罪となつた場合には右退職願により退職日を既往にさかのぼらせて免職処分をするが、無罪となつた場合には右退職願は無効としてこれに基く免職処分は行わない旨を取り決めたうえ、そのような趣旨のもとに作成日付を記入しない被告教育委員会宛の退職願を提出したのである。ところが被告教育委員会はまだ右被疑事件の捜査結果が判明しない昭和三一年二月二九日原告提出の趣旨を無視して右退職願により原告を免職したのであるが、右被疑事件はその後同年七月中盛岡地方検察庁一関支部において犯罪の嫌疑なしとの理由により不起訴処分に付され、原告の無罪が明白となつた。

したがつて被告教育委員会のなした前記依願免職処分は結局原告の退職の意思に基かないでなされた違法なものであるから、被告教育委員会に対し右処分の取消を求める。

被告花泉町公平委員会に対する請求の原因として、

原告は前記のように、被告花泉町教育委員会から退職する意思がないのに願によるものとして花泉町公立学校教諭の職を免ずる旨の処分を受けたので、その取消を求めるため、昭和三一年四月五日被告花泉町公平委員会に対し右免職処分の審査を請求したところ、同委員会は、原告が被告教育委員会に地方公務員法第四九条第二項に基く不利益処分事由説明書の交付請求をしなかつたから、右審査請求は不適法であるとしてこれを却下する旨決定をなし、昭和三一年六月九日付書面をもつて右決定を原告に通知した。

しかしながら、地方公務員法第四九条によれば、その意に反して任命権者の不利益を受けたと思う者が右任命権者に処分事由説明書の交付を請求するかどうかはその者の任意であり、不利益処分の審査請求をする前提要件ではないから、被告公平委員会の右却下決定は違法である。よつて同委員会に対し右却下処分の取消を求める。と述べ、

被告花泉町公平委員会の答弁事実中原告花泉町教育委員会にも同委員会教育長にも処分事由説明書の交付を求めなかつたことは認める。と述べた。

(立証省略)

被告ら訴訟代理人はまず被告花泉町教育委員会の本案前の答弁として、同委員会に対する訴を却下するとの判決を求め、

被告教育委員会においては昭和三〇年一月一二日旧教育委員会法第五二条の二第一項に基き教育委員会規則第四号をもつて、同委員会所管学校の職員の任免に関する事務は校長及び懲戒処分を除いて同委員会教育長に委任する旨の事務委任規則を定め、これが任免の権限を教育長に委ねたものであるところ、原告に対するその主張の免職処分も右規則に基き被告教育委員会教育長滝口千里が自己の権限としてなしたものであるから、同委員会を被告とする右処分取消の訴は被告を誤つたものとして不適法である。

本案につき、被告ら委員会はいずれも、

主文同旨の判決を求め、

被告花泉町教育委員会の答弁として、

原告がその主張の日日形村教育委員会から同村公立学校教員に任命、日形小学校勤務を命ぜられ、昭和三〇年一月一日日形村が花泉町に合併されると同時に花泉町公立学校教員として引続き右小学校に勤務してきたこと、原告が花泉町教育委員会教育長滝口千里のもとに退職願を提出し、昭和三一年二月二十九日同日付辞令をもつて願により職を免ずる旨の処分を受けたこと、原告がその主張の頃窃盗事件の被疑者として警察官に取調を受けたことは認めるが、右被疑事件が不起訴処分となつたことは知らない、その他の原告主張事実は否認する。

原告の右退職願は同人の真意に基くものであり、かつこれにはなんらの条件も付されていなかつた。

すなわち、原告は右小学校に勤務して間もない昭和二九年六月七日同校に保管中の千葉イチ子名義の旧郵便貯金通帳により右千葉名義の印鑑を偽造行使して花泉郵便局から金二千円の払戻を受けたが、後に同郵便局員の発見するところとなり、右郵便局に右金員の返還を命じられたことがあり、続いて同年九月一八日受持生徒の校外授業の際生徒を放置して理髪店で調髪し、同年一〇月右小学校で日形村から払下げを受けた栗材約六石をもつて体操用鉄棒等の新設工事を行つた際原告は学校側係としてこれに携わり右工事の残材約四本を菅原二郎に無断売却して代金千五百円を着服し、さらに翌三〇年一月一〇日には日形小学校宿直室で校長佐藤毅が宿直中、窓を越して土足で入りこみ、校長に対し酒を出せと強要するなど度重なる非行があつて、村民の物議をかもし、学校及び教育委員会当局でもこれを問題視し、その処置を考慮中であつた。たまたま、昭和三〇年一二月二六日花泉駅構内で停車中の貨物列車内から車掌のかばんが窃取された事件があつたが、翌年一月頃に至り原告が右事件の被疑者と目されて警察当局の取調を受け、かつこのことが新聞等に報道され一般の知るところとなつたにも拘らず、不謹慎にも登校授業を止めないので、生徒の父兄らの非難が喧しく、花泉町教育委員会でも教育上の悪影響を憂慮して任意に登校を見合わせるよう原告に勧告したが、応じなかつた。

そこで花泉町教育委員会では捨て置げず、日形小学校長佐藤毅らと事態収拾につき協議した結果、同年二月六日岩手県教育庁西磐井教育事務所長小関常夫から原告に対し前記の非行につき所感を問うたところ、原告はその非を認めて自ら退職を決意し、右佐藤を経由し、退職年月日を被告教育委員会教育長に一任する意味から作成日付を記入しない同教育長宛の退職願を提出した。それで右教育長滝口千里はこれを承認し、同月二九日付をもつて願により花泉町公立学校教員を免ずる旨の処分をなしたものである。

右処分には原告主張のような瑕疵はないから、原告の被告教育委員会に対する請求は失当である。

次に被告花泉町公平委員会の答弁として、

原告がその主張の日願により花泉町公立学校教諭の職を免ずる旨の処分を受けたが、これを不服として、昭和三一年四月五日被告花泉町公平委員会に対し右処分の審査を請求したこと、同委員会が原告主張の日、その主張のような理由により右請求を却下する旨決定し原告にその旨通知したことは認める。

しかし、原告提出の右請求書には地方公務員法第四九条に規定する処分事由説明書の交付を受けた年月日の記載がなかつたので、調査したところ、原告は右説明書の交付を受けなかつたばかりでなく、その交付を任命権者に請求することをも怠つていたことが判明したので、原告の右審査請求は適法な前提を欠くものと認め、前記却下の決定をしたものである。

すなわち被告教育委員会教育長の右処分は原告提出の退職願に基いてこれを承認した依願免職の処分であり、原告は地方公務員法第四九条第一項にいうその意に反して不利益な処分を受けた者には該当しないから、被告教育委員会教育長が処分事由説明書を交付しなかつたのは当然である。しかし原告において不利益な処分を受けたものと思うときは同条第二項により右説明書の交付を請求することができないのに原告はこれをしなかつたのである。

したがつて原告は同条第四項にいう説明書の交付を受けた者でもなくまた交付を請求したが交付を受けなかつた者でもないから右処分につき同条項所定の不利益処分審査請求権を有しない。原告の審査請求を却下した被告公示委員会の処分には原告主張のような瑕疵はないから、原告の被告公平委員会に対する請求も失当であると述べた。

(立証省略)

理由

一、被告花泉町教育委員会に対する訴について。

1、まず本案前の主張について判断する。

本件原告の花泉町公立学校教諭の職を免ずる処分が昭和三一年二月二九日になされたものであることは当事者間に争がなく、その当時施行の旧教育委員会法第四九条第五号によれば、市町村教育委員会はその所管に属する学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事に関する事務を行う権限を有するところ、他方、同法第五二条の二第一項によれば、右委員会規則をもつてその権限に属する事務の一部を教育長に委任し得ることが規定されており、そして成立に争のない乙第一一号証によれば、被告教育委員会においては昭和三〇年一月一二日花泉町教育委員会規則第四号をもつてその所管学校の教育職員の人事に関する事務は校長の任免及び職員の意に反する懲戒処分を除き同委員会教育長に委任する旨を定めていることが認められる。がんらい行政機関が法律の根拠に基いてなす事務委任には、委任者が権限を留保してその権限に属する事務処理のみを委任するいわゆる内部的事務委任の場合と、委任者が受任者に権限を委譲する場合との二種類があるものと考えられる。前者にあつては受任者は委任者の事務担当機関となり委任の範囲において委任者の権限に属するすべての事務を処理することができるから、行政処分をも自ら決定し、かつこれを自ら外部に表示し得る一方、権限は委任者にあるから、受任者の処分が委任者の権限に基くものとして有効な行政処分として効力を生じるためには右処分は委任者の処分としてその名においてなされることが必要となる。

これに反し後者にあつて受任者は権限をも有するに至る結果自己の名において委任事務を処理し得ること、固有の権限により事務を処理する場合と異るところがない。そして法律の制限がない限り、行政機関は右の二種類の事務委任のいずれによることも可能であり、個々の事務委任規則が以上のいずれによつたかは明文の定めがない限り当該規則の趣旨を解釈して決しなければならない問題である。

そこでこれを前記乙第一一号証の花泉町教育委員会規則について見ると、右規則は花泉町教育委員会より教育長に事務委任をなすものであるところ、元来教育長は当時施行の旧教育委員会法によれば委員会により任命され、その指揮監督のもとに委員会の権限に属する教育事務をつかさどるものとされ、その性質は教育委員会内部の補助機関に過ぎず、外部に対し独立の権限を行使するものでないこと、成立に争のない甲第二、三号証によれば、本件処分が被告教育委員会を発令者として記した辞令をもつてなされたことが認められ、かつこの事実に証人滝口千里の証言を考え合わせると、被告教育委員会では他の一般教員の任免についてもこれと同様の教育委員会名義の辞令を用い教育長名義の辞令を用いていなかつたことを推認することができ、以上の点を合せ考えると、前記規則は内部的事務委任に属し一般教員の任免等、その所定の委任事務についても事務処理のみを教育長に委任したもので、その権限は依然として花泉町教育委員会に留保されているものと解するのが相当である。

そして証人菅原泰介、滝口千里(第一、二回)の各証言、前記甲第二、三号証によると、被告教育委員会教育長滝口千里が本件処分を自ら決定しその辞令を発行したこと、右辞令が教育長名義とせず、被告教育委員会の名を記してあることが認められる。これによると滝口が本件処分をなすに当つて前記事務委任規則の趣旨に従い教育長としてすべての事務を処理したが、右処分は同委員会の名においてなされ、同委員会の処分であるから、この点に関する被告教育委員会の主張は採用できない。

2、次に本案について判断する。

原告が昭和二八年一二月一日岩手県西磐井郡日形村教育委員会から同村公立学校教員に任命、同村立日形小学校勤務を命じられ、昭和三〇年一月一日日形村が花泉町に合併されると同時に花泉町立学校教員として引続き右小学校に勤務するうち、被告花泉町教育委員会教育長滝口千里に対し退職願の書面を提出したことは当事者間に争がなく、その後原告主張の日被告教育委員会から右退職願に基くものとして原告に対する本件処分のなされたことは前認定のとおりである。

原告は本件処分を免職処分であると主張し、前記甲第二、三号証にも「本職を免ずる。」との記載があり、通常このような場合を依願免職処分といわれているが、公務員法上本件処分は原告の退職願による辞職の承認処分だつたものといわなければならない。

それで原告提出の右退職願が果して原告の真意に基くものであるかどうかを検討するためにはまず原告が右退職願を提出するに至つた経緯を明らかにする必要がある。

前記甲第二、三号証、成立に争のない甲第六号証、乙第一号証ないし第三号証、証人加瀬谷達、増子恭太郎、佐藤毅、滝口千里(第一、二回)、小関常夫の各証言及び原告本人尋問の結果(たゞし小関常夫の証言と原告本人尋問の結果は後記採用しない部分を除く)を考え合わせると、それは次のとおり認定される。

昭和三〇年三月頃日形小学校長佐藤毅は同校父兄会の役員らを伴い、当時の被告教育委員会教育長事務取扱加瀬谷達、学校教育課長佐藤東之進を訪れ、原告が昭和二九年六月七日その勤務する日形小学校内に保管されていた千葉イチ子名義の郵便貯金通帳を花泉郵便局に持参し、右千葉が原告の同居の家族である旨偽つて右通帳からの払戻金名義で金二千円を騙取したが、後に右通帳が無効の旧通帳だつたことが判り同郵便局から右金員を徴収されたという事実があり、一部の同校生徒父兄らのうちには原告の右非行を知つて問題にしている者があるので教育上面白くないから、原告を他に転任させられたいとの申入れを受けた。加瀬谷は調査の末、前記のような事実のあることを認めたので、その処置について右佐藤と協議した結果、この際原告の将来のため転任は避けるが、今後を戒しめる必要があるから、原告からその同意のもとに日付を記入しない退職願を提出して貰つてこれを保管して置き、若しも今後一年以内に原告が再び前のような非行を繰返したときは、直ちに保管中の退職願に基いて依願免職の発令をするが、右期間内に非行がない場合にはこれに基く処分は行わないこととして同人の反省を促す方針を定め、右方針に基き同月二一日頃加瀬谷が原告に前記趣旨を明らかにして退職願の提出を求めたところ、原告はその趣旨を納得し、原告が加瀬谷の要求に応じて退職願を提出しても加瀬谷としては直ちにこれにより処分をするのではなく、一年間これを保管しその期間内に原告が非行を繰返えさないときは右退職願に基く処分は行わないことを相互に了解したうえ、その場で一身上の都合により退職したい旨を記載し、日付を記入しない被告教育委員会教育長宛の退職願(乙第二号証)を作成して加瀬谷に提出し、同人はこれを右了解に従い保管した。以来しばらくは何事もなく経過したが、たまたま同年一二月末頃花泉駅に停車中の貨物列車の車掌室から何者かが車掌のかばんを窃取して逃走した事件が発生したところ、当時右現場付近に乗り捨てられていたオートバイが原告の所有であつたところから、原告に嫌疑がかゝり、ついに昭和三一年一月中旬頃同人が右窃盗事件の被疑者として所轄警察署係官により取調を受けた後一関の検察庁に送致されるに至つたばかりでなく右事件の捜査進行中、原告がその被疑者として警察官の取調を受けたことが新聞紙に報道され日形小学校の生徒父兄らに知れ渡つてしまつた。すると、さきの原告の貯金詐取事件を記憶している父兄らは、原告に対する右嫌疑を有り得ることゝして教員の身で窃盗事件の被疑者の立場に置かれた原告に同情を表するのではなく、さりとて深く事の真相を問うのでもなく、かえつて右取調を機として前記貯金詐取事件を事新しく取沙汰すると共に前記のような不名誉な疑惑に包まれた原告の授業を強く忌避しようとする態度に傾いたことはけだし自然の成行であつたともいうべく、しかも原告が佐藤校長の注意に耳をかさず右取調進行中も登校を続けて前記のような周囲の空気に無関心であるかのような行動をとつたことは父兄らを刺戟して一層その態度を硬化させ事態を紛きゆうに導く結果となり、このような騒然たる父兄側の情勢は右校長や同校父兄会の役員らによりしきりに被告教育委員会当局に伝えられ、同委員会の善処を迫るに至つた。他方、右滝口はこれより先原告が警察当局の取調を受けたことを知るや、同人の勤務状況を審らかにする必要を認め前記佐藤、西磐井教育事務所長小関常夫の協力を得て調査したところ、原告には、前記貯金詐取事件を始めとしてこのほかにも、いずれも右退職願提出以前のことながら、1、昭和二九年九月一八日北上川畔で受持児童の校外写生を指導中、生徒を放置して理髪店で調髪した事実、2同年一〇月日形小学校で日形村から払下げを受けた栗材を用いて体操用の鉄棒、ブランコを施設した際、原告は同校の会計係としこれに携つたところ、工事完了後にほしいまま残材を他人に売却して代金を費消した事実、3、昭和三〇年一月一〇日同校宿直室に窓から土足で入り込み、宿直中の佐藤校長に酒を出すよう要求した事実等相次ぐ非行のあつたことが明らかとなつたがこれにつき原告は小関から前記各事実の有無を質された際同人にその非を認めて退職する意向のある旨をもらしながらその後進んで進退を明らかにする申出をしなかつた。そこで滝口らはいよいよ前記事態の収拾と原告の右非行に対する処置とを急がねばならぬと考え、同年二月頃佐藤、小関らとその方針を協議した結果、目下当局が捜査中の窃盗被疑事件の点はしばらくおくとして、前記貯金詐取事件を含む前記の非行に徴しても、右被疑事件の真相が判明するのをまつことなくこれが責任をただす必要があるとして、その趣旨のもとに、原告に対し前記日形小学校父兄らの間に生じている事態の収拾策ともなる引責辞職を求めることゝなり、その頃滝口、小関らから原告にこもごも説くところがあり、さらに同月六日重ねて滝口から事情止むを得ぬ次第を説いて、原告に退職の勧告を試みたのであつた。

ところで、原告としては滝口らの右説得を聞くまでもなく、かねて以上列挙の行為が教育公務員の地位を恥かしめた責を免れないものであることはこれを認めざるを得なかつたばかりでなく、今再三にわたる滝口らの退職勧告を受けたことから見ても被告教育委員会当局の動かない意向を知ることができ、このように現在、右委員会、日形小学校長、同校生徒父兄等原告の周囲がこぞつて同人の今後の在職を非とする事態となつてしまつた以上、このうえ敢えて職に留まつてもとうてい円滑に自己の職務を遂行し得るものでないことを察知したことも窺われ、事ここに至つてはもはや退職が避けられない成行であることを覚悟した原告は滝口の勧告に応じて退職することを決意し、その場で、滝口の求めにより同席した前記佐藤、増子、小関ら立会のもとに、滝口の示す文案により、一身上の都合により退職したい旨を記載した被告教育委員会宛の退職願(甲第六号証)及び右退職願を提出する理由が、以上認定の原告の各行為につきその非を認めて責を負うためであり、かつ退職の日は教育長滝口に一任するとの趣旨を記載した誓書と題する書面(乙第一号証)各一通を自書して作成し、それぞれ滝口のもとに提出したが、その際原告は印鑑を所持しなかつた関係上、右誓書には署名した後拇印をもつて押印に代えたが、退職願は滝口の希望により後日正式に押印することゝして署名のみに留め、なおその作成日付も、これを処分の日に一致させるためその記入を滝口に一任することとして空白のまゝ提出した。その後佐藤から原告に右退職願の押印を求めたが、原告は言を左右にし、佐藤に対し退職願は返してほしいと言い押印を肯んぜず、さらに同月二二日滝口において原告を被告教育委員会事務局に呼び増子、佐藤らの立会のもとに重ねて右押印を求めたところ、原告はこれを拒否したが滝口に対しては退職願の返還を求めることもしないで去つたので、直ちに滝口において右退職願の作成日付を昭和三一年二月二九日と記入し、原告の押印は欠いたまゝ右同日付をもつて前記退職願に基く本件処分をなしたうえ、同日中にその旨の原告への通知を了したのであつた。

以上のとおり認められ、証人千葉港二、滝口千里の各証言、原告本人の供述中右認定に反する部分はいずれも採用しない。

以上認定のとおり、本件処分は前記原告提出の二通の退職願のうち、昭和三一年二月六日提出のものによりなされたものであるところ、右書面は原告の署名のみ存しその押印を欠いているけれども、これと同時に原告から提出された前記誓書によれば、原告が右退職願により退職を申出る趣旨を明らかにしている点、滝口、佐藤の各証言によれば右作成当時原告が退職願に押印しなかつたのは退職願については拇印によることを避けようとした滝口の希望に出ており、原告自身は拇印でも差支えないと考えその意思もあつたことが窺われることを考え合わせると、右退職願は原告の退職意思の通知として欠くるところがないものと認めるに足り、原告がその後退職願の押印を拒絶した事実も右認定を動かすものではない。

また右退職にはなんら条件や留保を付せられていなかつたことも前認定により明白であり、さらに、原告は右退職は滝口の強迫または強制によるものであると主張するけれども、この点についてはなんらの証拠もない。よつて原告の主張はいずれも採用できない。

さすれば原告の右退職願は単純無条件のものであるから、これに基いてなした被告教育委員会の本件処分には原告主張の違法はない。

二、被告花泉町公平委員会に対する訴について

原告がその主張の日願により花泉町公立学校教諭を免ずる旨の処分を受けたが、これを不服としてその主張の日被告公平委員会に右処分の審査を求めたこと、同委員会が原告主張の日原告において処分事由説明書の交付請求をしなかつたことを理由として右請求を不適法として却下する旨決定し原告にその旨を通知したこと、原告が被告教育委員会にも教育長にも処分説明書の交付を請求しなかつたことは当事者間に争がない。ところで、地方公務員法第四九条第四項によると、不利益処分の審査請求は同項所定の期間内になされることを要し、かつ右期間の起算日は審査請求権者が処分事由説明書の交付を受けなかつたときは任命権者が右説明書を交付すべき期限が経過した日による定めとなつているところ、右交付期限については前記第四九条第二項の審査請求権者が説明書の交付請求をした場合その日から一五日以内と定められているが、右請求権者が交付請求をしなかつた場合には右交付期間がないのはもちろん、これに代る起算日の定めもない。このことから考えると、少くとも前記第二項に規定される審査請求権者にあつては任命権者に処分事由説明書の交付請求をなすことをもつて審査請求の要件とするものと解すべきである。けだし、そうでないと、同項の審査請求権者は処分事由説明書の交付請求をしない限り審査請求期間の起算日が定まらぬ関係上いつでも好む時に審査請求をなし得る結果となり、前記法律が審査請求期間を定めた趣旨に鑑み不合理だからである。

そうすると、原告が任命権者に右処分事由説明書の交付を請求することなく、前記第四九条第四項により本件処分の審査を請求したのは不適法であるから、これを却下した被告公平委員会の処分には原告主張の違法はない。

よつて原告の被告らに対する請求はいずれも失当として棄却すべきであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 須藤貢 山路正雄)

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